SMGC濱田賞(特別賞)のご説明

ソープ講習師、マットヘルス・マット講習
風俗講習、風俗カウンセラーの美来です


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濱田譲は、1969年(昭和44年)川崎堀之内の「川崎城」のトルコ風呂(現ソープランド)に在籍する当時25歳(鳥取県出身)が、「泡おどり」と名前を付け石鹸でエアマットプレイーを日本で初めてやり始めたレジェンドです。

彼女は、このサービスを自身だけのものとせずに、周りの同僚におしえ、当時の入浴料金1000円が、1500円稼げる事になり、女の子も店も潤い、他店も競争してやり出して日本全国に一挙にマットプレイーがひろまった。

当時のトルコ風呂のサービスは、蒸気風呂と手こきと、Wスペシャル(69)位しか無く(表向き)

マットプレイーの登場により、トルコ風呂(現ソープ)が風俗の殿堂と言われるように、その地位を確立した。

濱田譲がいなかったら、今のソープやマットヘルスは無かったかもしれない。

当時の彼女の月収は、1200万円、サラリーマンが7万円であった。

彼女はその後、1年で店を辞め14000万円を稼ぎ、それを資金にトルコ店を4件持ち、
昭和50年に逝去されました。

今の私が飯を頂けるのも、大先輩のお陰であり、ブログ立ち上げ時に、マットプレイー考案者として忘れないようにブログに載せてあります。

彼女が生きていたら76歳だから、彼女を知る方は、ソープの二大巨塔の一人の岐阜の「雀のお松」さん位しか今は知らないでしょう。


SMGCに濱田賞を入れた理由は、コロナ渦で集客不足に喘ぎ、老舗店も各地で廃業、グループ店も店舗数を減らし耐えしのぎ、女の子も収入半減する、お世話になった業界に元気を出して貰いたい、ソープ誕生50年に当たり、先輩諸氏に感謝しなくてはと発案したもので
講習ではなく研修と競技だから、どうしても順位を付けなければ成らない為に悩みましたが、濱田譲さんを思い出し
必ず、この企画に賛同頂ける講習師さんもいると信じご用意してました。
本当にありがとう御座いました。